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ナラティブ・アプローチ
[ナラティブアプローチ]

「ナラティブ・アプローチ」とは、相談相手や患者などを支援する際に、相手の語る「物語(narrative)」を通して解決法を見出していくアプローチ方法です。1990年代に臨床心理学の領域から生まれましたが、現在では医療やソーシャルワークなどの分野でも実践されています。ナラティブ・アプローチの中でも、特に相談者の自主的な語りを重視する実践的な心理療法は「ナラティブ・セラピー」と呼ばれます。

1. そもそも物語とは何か

ナラティブ・アプローチにおける、「物語(narrative)」とはそもそも何なのでしょうか。 ナラティブ・アプローチが登場する以前にも、カウンセリングなどの心理療法では患者の語る言葉に耳を傾けてきました。それら従来の心理療法では、患者の言葉に耳を傾けるのは、あくまでも「患者の言葉から、患者の客観的な状態を理解するため」です。

それに対して、ナラティブ・アプローチにおいて患者の言葉に耳を傾けるのは、「患者の言葉から、患者の解釈を理解するため」です。物語は患者の解釈と捉えるとわかりやすいでしょう。

患者が自分について語るとき、それは事実とは限りません。自分なりの脚色が多く含まれていることもあります。しかし解釈そのものに着目し、患者の解釈を、セラピストとの共同作業で新たなものに更新することができたとき、患者の状態が大きく改善されることをナラティブ・アプローチは主張しています。

従来のカウンセリングとナラティブ・アプローチとは、「患者の語る言葉に耳を傾ける」という意味では同じです。しかし立ち位置は、患者の客観的な状態に着目するのか、患者の解釈に着目するのかという意味で、大きく異なるものとなっています。

2. ナラティブ・アプローチの実践

ナラティブ・アプローチの基本的な手法は、荒井浩道著『ナラティヴ・ソーシャルワーク―“〈支援〉しない支援"の方法』によれば、以下のようなものとなります。

  1. ドミナントストーリーを聞く
  2. 問題を外在化する
  3. 反省的な質問をする
  4. 例外的な結果を見出す
  5. オルタナティブストーリーを構築していく

これを「部下に嫌われていると悩んでいる上司」を例に見てみましょう。

1. ドミナントストーリーを聞く

ドミナントストーリーとは、悩んでいる人が思い込んでいる物語のことです。多くは自分に対して否定的なものであり、悩んでいる人はその物語に支配されて(ドミナント)、変えることができないと信じ込んでいることもあります。この上司の例でいえば、「自分は部下に嫌われている」と思い込んでいることが、ドミナントストーリーにあたります。

しかし、このドミナントストーリーは、あくまでも悩んでいる人が信じている「物語」です。物語であれば、全く違う別の物語(オルタナティブストーリー)に置き換えることも可能です。

ナラティブ・アプローチでは、ドミナントストーリーをオルタナティブストーリーで置き換えることを目標に、まずは悩んでいる人の話をじっくりと聞きます。悩んでいる上司は、自分が部下に、なぜ、いかに嫌われているかを打ち明けるでしょう。その際に重要なのは、悩みを打ち明ける人を否定したり、アドバイスをしたりしないことです。

悩んでいる人の打ち明け話を、予断をまじえずに聞くことで、悩んでいる人が思い込み、こだわっているドミナントストーリーが見えてきます。

2. 問題を外在化する

次に行う「問題の外在化」とは、悩んでいる人から悩みの原因となっている問題を引き離し、悩んでいる人が問題を客観視できるようにすることです。

問題が自分と切り離せずに内在化しているときは、問題を自分の一部と捉え、「ダメな自分」と自分を否定する方向に向かいます。そこで、問題に対して「名前をつけてもらう」などすることにより、問題を外在化させます。

「部下に嫌われている上司」の例は、以下の通りです。

相談員:「このお話に名前をつけると何になるでしょう?」
上司:「『部下の指導をきちんとできないダメ上司』でしょうか」

3. 反省的な質問をする

「反省的な質問」とは、悩んでいる人が抱える問題に「誰が、どんな出来事が、どんな経験が」関わっているのかを、悩んでいる人に質問し、一緒に考えることです。

以下のような質問をすることになるでしょう。

「具体的に誰があなたを嫌っているのですか?」
「部下に嫌われる原因となるような出来事があったのですか?」
「部下に嫌われるとは、具体的にどのようなことがあって感じたのですか」

4. 例外的な結果を見出す

質問し、悩んでいる人がそれに答える中で、悩んでいる人が思い込んでいるドミナントストーリーから見て「例外的」とも思えることが見つかることがあります。上司の例であれば、例えば「部下は自分によく相談してくれている」ことがわかったとすれば、それがここでいう例外的な結果となります。

5. オルタナティブストーリーを構築していく

例外的な結果が見つかったら、さらに質問を重ねたりしながら、例外的な結果を補強していきます。例えば、以下のように指摘することで、悩んでいる人に気づきを与えます。

相談員:「相談されているということは、部下はあなたを信頼しているのではないですか?」
上司:「言われてみればそうかもしれないですね」

このような問答を繰り返していきながら、「実は部下に嫌われていたのではなく、信頼されていた自分」というオルタナティブストーリーを、悩んでいる人と一緒に構築していきます。

3. ナラティブ・アプローチが生まれた背景

ナラティブ・アプローチが生まれたのは、聞き手がアドバイスするカウンセリングのあり方に、専門家たちが限界を感じていたからです。困難に陥って弱っている相談者と、情報と知見を持った支援者の間には、大きな力の差があります。そのことを考慮せず、支援者が持論をぶつけてしまうと、相談者の気持ちが抑え込まれてしまう事態も起こり得ます。

そのため、ナラティブ・アプローチでは、支援者が相談者の問題点をあえて見ないようにすることがポイントとなります。ただでさえ価値観が多様化している現代。その人にとって最も良い解決策が何なのかどうかは、本人にしかわかりません。支援者が専門性を手放すことで、相談者にとっての「最善」を引き出すことができるナラティブ・アプローチは、今の時代らしいアプローチなのかもしれません。

4. ナラティブ・アプローチの効果

ナラティブ・アプローチの効果は、端的に言えば「対話の重視」と「組織の活性化」です。経営学者である宇田川元一氏は、ナラティブアプローチとは、「討論」や「説得」ではなく、「対話」を重視することだと語っています(明日のコミュニティーラボより)。

組織内での対話が欠けているために、上司と部下が反目し合うことは、往々にしてあるのではないでしょうか。ヤフー株式会社では、組織内の対話を促進するために、フリーアドレスの環境をつくりました。その結果、オフィス内の交通量(人の往来)が以前と比べて3倍になり、コミュニケーションが2倍になったという結果が出ました(出典:リクルートマネジメントソリューションズ『相手の「物語」を探ることが対話型組織開発の焦点』)。

「対話に時間を費やすことは、生産性が下がってしまわないかという懸念もありますが……」との問いに対して宇田川氏は、「そもそも対話をしないから生産性が上がらず、忙しいのだと思います」と答えています(リクナビNEXTジャーナル)。ナラティブアプローチを会社組織内で活用することにより、組織の活性化につなげることもできそうです。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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