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6.今後の課題~「攻め」のメンタルヘルスに向けて

(1)これからのメンタルヘルスへの考え方

●「守り」から、「攻め」のメンタルヘルス対策へ

イメージメンタルヘルス対策は、不調になった人をケアして治す、ということだけに限らない。むしろ、メンタル不調者は組織の中ではごく一部の存在であり、多くの人たちはさまざまな問題を抱えながらも、元気に働いている。その大多数の人たちがメンタルヘルス不調を起こさないよう、一人ひとりをどう活かしていくかを考えることが重要だ。それがメンタルヘルス不調を事前に防止し、組織活性化にもつながっていくことになるからだ。従業員全員の活性化を目的にしたメンタルヘルス対策によって、誰もがイキイキと働き、仕事にやりがいを持ち、自分が活かされていると感じることができる。まさに「心の健康」が満たされた状態と言えるだろう。

現在の職場には多様な「ストレス要因」が山積しており、これらを全面的に排除していくのは難しい。これまでのような「守り」に重点を置いたメンタルヘルス対策だけではなく、避けることのできないストレスならば、それとうまく付き合うことを考えてみてはどうだろうか。守るだけではなく、「攻め」の姿勢が不可欠なのである。そういう視点から、これからのメンタルヘルス対策を考えていく必要があるだろう。

●「ポジティブ・メンタルヘルス」のススメ

「攻め」のメンタルヘルスが注目されるようになったのは、「ポジティブ心理学」の発達によるところが大きい。ポジティブ心理学が誕生したのは1998年のこと。うつ病と異常心理学に関する世界的権威であるマーティン・セリグマンが提唱した新しい学問である。これまでの心理学が、人間の弱いところに着目し、それをどう無くしていくかという発想の下で研究が進んでいたのに対し、ポジティブ心理学は、「人は誰でも強みを持っている。そこに注目し、さらに強化し、伸ばしていくことが人の幸せにつながっていく」という考え方に立つ。

このようなポジティブ心理学の下、病気にならないためにどうするのか、病気になった人にどう対処するのかについて考える従来の「病理モデル」ではなく、働く人の心の健康増進、心の成長モデルを大切にしていこうとする動きが活発化してきたのである。そして、社員一人ひとりのパフォーマンスやモチベーションが向上し、キャリア開発につなげていこうという「ポジティブ・メンタルヘルス」という考え方へと、メンタルヘルス対策の流れが変わってきているのが最近の状況である。

●「ワーク・エンゲージメント」を高める

そうした中で注目されているのが、仕事と個人とのポジティブな関わりを表す「ワーク・エンゲージメント」というメンタルヘルス活動における新しい指標だ。ワーク・エンゲージメントの高い状態とは、以下の三つの要因が揃っていることである。

  • 熱意:仕事に誇り、やりがいを感じている
  • 没頭:仕事に熱心に取り組んでいる
  • 活力:仕事から活力を得て、イキイキしている

つまり、仕事を楽しむと同時に、その仕事を有意義だと感じて、自ら現実的な目標を持つことができ、自己評価も高いといった状態である。このようにワーク・エンゲージメントの高い人は、活力にあふれ、積極的に仕事に関わるといった特徴がある。一方、ワーク・エンゲージメントの対概念である「バーンアウト(燃え尽き症候群)」に陥ると、仕事への意欲や関心、自信を失い、疲弊しきってしまうことになる。また、「ワーカホリズム(仕事中毒)」は、仕事をしていないとどうしても落ち着かないため、仕方なく没頭している状態。ワーク・エンゲージメントの高い人が、その仕事が好きだから、楽しいからといった理由で前向きに取り組んでいるのとは、似て非なるものである。

また、先行研究によると、ワーク・エンゲージメントの高い人は、心身ともに健康だけでなく、仕事に前向きに取り組む、自発的に行動する、職務や職場への満足感が高いなど、組織の活性化や生産性向上に資する傾向を示すことがわかっている。その結果、ワーク・エンゲージメントを実現した職場では働く人がストレスを感じることなく、心身の健康度と組織としての生産性・パフォーマンスが両立することになる。

(2)ストレスに強い人材を育成するフィールド(機会)作り

●多様な価値観やバックボーンを持った人材を招き入れ、活用できる企業風土を形成する

イメージでは、今日的なストレスに対して、企業が取るべき「攻め」の施策にはどのようなものがあるのか。まず、かつてのような年功序列・終身雇用時代のような画一的な人材観ではなく、多様な価値観やバックボーンを持った人材を招き入れ、その人たちが活用できる企業風土を形成していく必要がある。会社や仕事一辺倒のワークスタイルでは、これからの時代を生き抜いていくことは難しいからだ。

実際、会社以外にも自己表現の場を持ち、「昇進よりも仕事のやりがいを重視する」「過大な収入より好きな仕事を求める」といったことに価値観を置く人材は、自分の仕事に対する自信や探究心が強く、今日的なストレスに対する耐性が強いと思われる。そのため、会社に全面的に頼るのではなく、自分で道を切り開いていけるような人材を育成するためのフィールド(機会)を作ることが大切である。個を確立し自律した人材を輩出していくことによって、今日的なストレスを前向きのエネルギーへと代え、過剰ストレスを出さない組織を実現することができるからだ。

●日頃のマネジメントを的確に行い、ストレスを早期に発見していく

また、ストレスを出さない強い組織を作るには、ストレスを早期に発見、治癒できる体制を確立することが重要である。またそれと同時に、中長期的な視点で過剰なストレスを根本から断つ人事システムを構築する必要がある。例えば、「社員一人ひとりに対するストレスマネジメント教育の徹底を図る」「過剰ストレスの防止・早期発見のカウンセリング体制を確立する」「各種のストレス発散機会を提供する」などが具体的な施策として考えられる。

過剰ストレスに陥ると、「仕事の能率が低下する」「ミスやロスが増える」「遅刻・早退・欠勤が増える」「態度が落ち着かなくなる」「口数が少なくなる」「考え込むようになる」などのサインが出る。これらをいち早く読み取り、適切な措置を取れるようにしておくのだ。そのためには、上司が部下の動向を緻密に観察する必要がある。つまり、ストレスの早期発見においては、日頃からのマネジメントがより重要となるのだ。

●管理職の適切な指導の下、仕事の意味を見出すことがストレス解消につながる

結局、部下が上司を信頼してコミュニケーションがうまく図れ、仕事に傾注し、会社への満足度が高くなれば、過剰ストレスに陥る割合は極めて低くなると考えられる。問題は、上司と部下の信頼関係、コミュニケーションをいかに確立するか、という点にある。部下それぞれの適性に応じて役割や業務内容の明確化を徹底し、その先にある目標をお互いに納得できる形で具体的に提示できるかどうかが重要なポイントになる。

そのようなマネジメントを実現するには、経営方針と部下の行動(意識)を“連結する”現場の管理職機能を、これまで以上に重要視する必要がある。具体的に言うと、経営課題を部下が納得する形に落とし込み、部署としての目標を明確にする。そして、その目標に対する到達方法を考え、実現のため部下にどのような役割を期待するのかを明確にする。それを個々の目標として説明し、自分たちの部署にとって、また会社にとっていかに重要なことで、何よりも目標を実現することが自分自身にどのようにプラスとなるのか、といったことをメッセージとして伝える。要は、管理職が各人における仕事の「意味」を、的確かつ本人にとって意味あるものとして明示していけるかどうかが重要なのである。

極論すれば、これが今日的なストレスに対する「攻め」の対策の一つの回答ではないだろうか。意味ある仕事の実現を通してこそ、働く人のストレスは解消される。このような仕事環境が実現できれば、メンバーは目標に向かって邁進することができ、ストレスに対して強い耐性を確立することにつながっていくように思われる。ただし、いくら現場の管理職が優秀でも、企業の人事システムが今日的なさまざまなストレスを解消する方向で構築されていなければ、管理職の努力にも限界がある。その意味で、後方支援部隊としての人事部のサポートが不可欠となってくるのだ。

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企画・編集:『日本の人事部』編集部

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