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全人格労働
[ゼンジンカクロウドウ]

「全人格労働」とは、人生の一部であるはずの仕事に自分の全人生や全人格をつぎ込んでしまうような、破滅的な働き方をいう言葉です。産業医の阿部眞雄氏は2008年に著した『快適職場のつくり方 イジメ、ストレス、メンタル不全をただす』の中で、この概念を提示し、全人格労働が日本の社会に少しずつ広がっていると指摘しました。賃金やポストの上昇といった見返りが少ない職場が増えていることに加え、競争の激化や業績へのプレッシャー、解雇の恐怖などから、否応なしに過重労働に追い込まれ、仕事に人間らしさを奪われてしまう状態を表します。その結果、正しい判断ができずに道を誤ったり、心身を病んで休職・退職を余儀なくされたりする人も少なくありません。

全人格労働のケーススタディ

仕事に人生すべてを奪われる過重労働
成果も見返りも乏しく疲弊だけが増幅

今年1月、東京都足立区のJR綾瀬駅でホームから人が転落したため、同駅の300メートル手前で電車が緊急停止していたところ、車内にいた40代男性会社員が手動でドアを開けて線路に降り、綾瀬駅に向かって歩き出すという出来事がありました。男性の行為で、JR常磐線や直通運転している東京メトロ千代田線も、一部区間で最大1時間運転を見合わせ、10万人以上の足に影響が出ました。男性は鉄道営業法違反に問われ、損害賠償も免れないといいます。このニュースが報じられたとき、同時に大きく取り上げられたのが「全人格労働」という言葉でした。

全人格労働とは、労働者が自らの全人生や全人格を業務に投入する働き方をいいます。報道によると、その男性は、電車を降りて線路を歩いた理由を「会社で大事な会議があり、遅れられなかったからだ」と説明しました。社会の当然のルールよりも、「大事な会議」という会社の論理を優先させた男性に対して、ネット上では「まさに社畜」「日本社会の狂気を凝縮したような話だ」といったコメントが殺到。「全人格労働」の典型例として、注目を集めたのです。

本来、仕事は人生の一部のはずなのに、働く時間内だけでなく、人生や生活のすべてを仕事に奪われて、自分自身が壊れてしまう――「全人格労働」の問題は、行き過ぎた効率主義や成果主義、顧客至上主義を背景に、長時間労働やサービス残業がはびこり、人々の働き方に大きなゆがみが生じていることを示しています。

右肩上がりの高度成長期やバブル絶頂期とは違い、そこまで仕事に人生をかけても報酬やポストは期待できず、成果も上がりにくい。それどころか、リストラの不安さえある。働く人はただ消費され、疲弊が増幅するばかりなのです。

厚労省は昨年5月、労働基準法に違反する企業の公表基準を変更し、一定の条件がそろえば、行政指導だけでも社名を発表するように、全国の各労働局に通達しました。しかし新基準が初めて適用されたのは、今年5月になってから。通達から1年経っても、社名公表はわずか1社にとどまっています。「全人格労働」は全国の職場で、ひそかに、自覚のないまま広がっているのかもしれません。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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